
最近、YouTube動画やアマゾンのレビューなどで、「マランツ#7を手放した」「伝説の銘機に匹敵する音」と話題を呼んでいる1~2万円台の中華真空管プリアンプがあります。
その製品は「Ampapa A1」というプリアンプです。
当チャンネル及び運営するブログでは、たびたび中国製のプリアンプや、自作の真空管プリアンプについて取り上げてきました。
中国製の多くのプリアンプがアナログ盤再生のためのイコライザーアンプや、トーンコントロールを省略した製品が多いのですが、この「Ampapa A1」はその両方を搭載しています。
さらに、ヘッドフォンアンプも内蔵していて、いわば本格的なプリアンプ機能が揃っているにも関わらず、本動画編集段階で、価格が1万6千円台と2万円を切っています。これはこれで個性的な製品なので、後日深堀りしたいと思います。
今回テーマとするのは、これではありません。比較されたいにしえの銘機である、真空管プリアンプ「マランツ7」の方です。
マランツ7といえば、1958年リリースの往年の名機で、今では状態の良い機器は200万円の値が付くそうです。また、メンテナンスで古いパーツを使わないと魅力的な音質が損なわれるとかで、メンテナンス費用も安くないそうです。
にも関わらず、今でもオーディオの世界ではしばしば話題になりますし、愛用しているマニアも少なくないという謎多き製品です。
最近では、当チャンネルの長年のオーディオ仲間である「魅力あるDIY真空管アンプ」チャンネルさんで復刻自作コピーをおこなって注目を集めておりましたし、一方で人気チャンネルの「宮甚商店」さんでも、現代部品によるレプリカ製作を公開しておられました。
なぜ、この機器が今でもこれほどまでに注目され、高い評価をされるのか?
実は多くの謎を秘めているこの機器は、現代のオーディオが必要としながら、いまだに解明されていない課題を有していると考えています。
そこで今回は、アナログ盤やテープデッキをあまり使わない人も多い、現代のリスニング環境に合わせ、フォノイコライザー段、トーンコントロール、バランス調整を潔く省略した「ライン専用・ストレート構成のマランツ7」を自作するアプローチを採ることにしました。
ビンテージパーツに頼らず、現代の高信頼パーツと厳選したNOS真空管で組む(結果的に安くつく)。この条件下で、マランツ7のあの魅惑的な音色を損なうことなく、現代のDACやCD再生で破綻なく鳴らすにはどうすべきか。
設計段階で直面した激しい試行錯誤と、最終的に「オリジナル原点回帰」へと至った設計の全容をお届けします。
和田茂氏のSRPPではなく、あえて「カソードフォロワ」を踏襲する
現在、AliExpressなどの中華通販や自作市場で流通しているマランツ7コピー基板の大半は、「和田茂氏の回路」に代表される終段(3段目)をSRPP(シャント・レギュレーテッド・プッシュプル)化した回路です。
※『ラジオ技術』1969年2月号。是枝重治氏による解説記事内にて、代表的なアマチュアの秀作回路として和田茂氏の回路が採り上げられています。中国製品はこの回路の流用と思われます。
SRPP化すれば出力インピーダンスが下がり、現代的なハイスピード感や低域のタイトな駆動力は得られます。しかし、上下管のプッシュプル動作によって偶数次高調波が打ち消され、音質がスマートに引き締まりすぎてしまう懸念があります。良質のラインアンプとしては良いですが、オリジナルのマランツ7からは遠ざかってしまう可能性有りと思われました。
多くの人がマランツ7に求めているのは、現代のオペアンプやディスクリート回路のような無機質(何も足さない何も引かない?)なハイファイさではなく、中域の艶、豊かな倍音、そしてあのふくよかで立体的なスケール感だと思います。何も足し引きしないHiFiなら、現代ハイエンド機で良い訳です。
古典期独特のテイストを守り抜くため、安易なSRPP化は退け、オリジナルの「12AX7によるカソードフォロワ」を頑なに踏襲する方針を決定しました。
また電源整流部についても、現代のダイオードではなく、セレン整流器(オリジナルが採用)に近い適度な内部抵抗と緩やかな立ち上がりを持つ真空管整流(6X4やEZ81など)を採用し、しなやかな中低域の質感を狙います。
現代ソースのハイレベル出力と「20dBゲイン過剰問題」の罠
ここで設計者を悩ませる最大の壁に突き当たります。
マランツ7のライン段は、トーン回路をフラットにした状態で回路全体として「22.5dB(約13.3倍)」の増幅率を持っています。
当時のチューナー等のライン出力(0.15〜0.25Vrms)に対しては必須のゲインでしたが、現代のDACやCDプレーヤーの出力は標準で2.0Vrmsに達します。現代のソースを受けると、単純計算で「20dBまるまるゲインが余る」計算になります。
この余剰ゲインをどう処理するか? 過去の研究かも様々にこの問題に対応してきたようです。しかしこれに工夫することは、オリジナルから遠ざかってしまします。ここでも幾つかの回路案を検討・検証しました。
【ボツ案①】出力端直前に「L字抵抗アッテネーター」を挟む
増幅回路内部の定数には手を触れず、カソードフォロワの直後に直列抵抗と並列抵抗を入れて20dB落とす案です。
しかし、12AX7は微小電流($I_p \approx 0.5 \sim 1\text{mA}$)動作の電圧増幅管です。波形下側のクリップを防ぎ直線性(低歪み)を保つには、交流負荷抵抗として最低でも50k〜100kΩ以上を要求します。
この条件で20dB落とす分圧回路を組むと、プリアンプの出力インピーダンスが約9kΩまで跳ね上がってしまいます。結果、接続するRCAケーブルの浮遊容量で高域がロールオフし、入力インピーダンスの低い現代の半導体パワーアンプを接続した瞬間にドライブ負けを起こして低域が痩せてしまいます。
【ボツ案②】大ループNFBを深くしてゲインを下げる
トーンコントロールを省略した負帰還ループの定数を変更し、NFBを深くかけてアンプ全体の仕上がりゲインを10dB程度に落とす案です。
しかし、12AX7を2段通すハイゲイン回路(裸利得約70dB)に過大なディープNFBをかけると、高域の位相回転によって発振の危険が跳ね上がります。何より、大量の負帰還は音の躍動感やマランツ7固有の倍音キャラクターを完全に殺してしまいます。
【ボツ案③】ライントランスの追加やボリューム定数の変更
ステップダウン比を持たせたトランスでの減衰や、インピーダンスを下げる工夫も検討しました。
- 出力トランス: 12AX7カソードフォロワの微弱な電流ではトランスのコアを励磁しきれず、低域で強烈な歪みが発生。コンデンサとのLC共振も生じるため論外。
- 入力トランス+100kΩボリューム: 一見スマートに見えますが、パーマロイやオリエントコア特有のトランス固有の音が乗り、マランツ7本来のCR結合+大ループNFBが織りなす「端正で艶やかな倍音」がマスクされてしまう。トランスは安くないため、コストも膨らみます。
コペルニクス的転回?なぜ現代のマニアはCD直結で極上の音を鳴らせるのか?
様々な回路的付加をシミュレーションする中で、根本的な疑問に立ち戻りました。
「往年の銘機マランツ7を今も愛用しているマニアたちは、CDプレーヤーを繋いで極上の音楽を楽しんでいる。なぜ彼らのシステムでは破綻が起きないのか?」
答えは極めて明快でした。
マランツ7の音量調整ボリュームは、初段12AX7(V4)のグリッドの直前に配置されているからです。
[CD/DAC (2Vrms)] ──→ [セレクター] ──→ [500kΩ ボリューム] ──→ [初段12AX7] ──→ ...
リスニング時にボリュームを絞った位置(8時〜10時方向)において、2Vrmsの入力信号はボリューム自体によってすでに数十分の一(数十mV〜100mV程度)に分圧・減衰されてから初段グリッドに入力されます。
つまり、真空管から見れば「60年代当時のチューナー出力を、ボリュームを上げて受けていた時と全く同じ微小信号レベル」で動作しているに過ぎません。初段で入力飽和を起こして歪む心配など、最初から皆無だったのです。
「現代のソースは電圧が高いからゲインを削らなければならない」というのは、机上の計算に囚われた思い込みでした。
抵抗を1本直列に挟むだけでも、トランスを1個噛ませるだけでも、信号の鮮度は落ち、音痩せやキャラクターの変質を招きます。余計な素子を一切挟まず、オリジナル通りの信号経路で直結することこそが最も鮮度が高く、破綻のない唯一の解だったのです。
最終決定回路:オリジナル回路踏襲をめざした「フラットトーン等価」ラインアンプ
結論として採用した最終回路は、マランツ7本来の姿を最も純粋に抽出した構成です。
- 入力ボリューム: オリジナルと同一の 500kΩ(Aカーブ)。
- 増幅段構成: 初段(V4A:12AX7)カソード接地 + 2段目(V5A:12AX7)カソード接地 + 終段(V6A:12AX7)カソードフォロワ。
- トーンコントロール省略に伴う等価NFB回路: トーン回路を省略するため、FLAT時の利得・周波数特性を目標として、Rf=22kΩ、Cf=22pFによる固定帰還回路に置き換えました。

(参考)オリジナル回路図

製作・パーツ選定のポイント
- 500kΩボリュームの品質:本回路の要となるのが500kΩの音量調整器です。現代ソースの入力では8時〜10時付近の小開度域を使う場面が増えるため、安価な炭素皮膜VRに見られる「ギャングエラー(左右の音量偏差)」を避ける必要があります。高精度な密閉型コンダクティブ・プラスチック型(ALPS RK27選別品など)や、高精度金属皮膜抵抗を用いたステップアッテネーターを採用します。
- 終段カソードフォロワの出力環境:出力直列抵抗を排したことで、カソードフォロワ本来の約1kΩという低出力インピーダンスをそのまま引き出せます。次段のパワーアンプやケーブル容量を過度に気にすることなく、ストレートにドライブできます。
- 電源は真空管整流:オリジナルはセレン整流器ですが、さすがにこれは過去の素子です。最後まで、真空管整流 vs SiCダイオード整流:どちらを選ぶべきか悩み、結論としてマランツ7の味わい(セレンの質感)を狙うなら「真空管整流」が良いと考えました。
オリジナルに採用されていたセレン整流器の音質的特徴は、主に以下の2点に起因しています。
「逆回復時間(Trr)のスパイクノイズが原理的に極めて少ないこと」「順方向電圧降下(Vf)が大きく、内部抵抗が適度に高いこと(電源の瞬時立ち上がりが緩やか)」。
この「適度な電源インピーダンスの高さ」が、中低域の適度な粘りや角の取れた滑らかな音色の質感を形成していると考えられます。
真空管整流(6X4 / EZ81 / 5AR4等)の場合
・逆回復ノイズが原理的に皆無。
・内部抵抗が高く、セレンに近い電源挙動を示す。
・ヒーター予熱によりB電圧がゆっくり立ち上がるためNOS管に優しい。
・音質: 豊かな倍音、しなやかな中低域、耳当たりの良い余韻が得られ最良、古典的なトーンを現代部品で再現する目的に最も合致。
SiCダイオード整流(SiC-SBD)の場合
・逆回復ノイズが極小で、シリコン特有の濁りが一切ない。
・内部抵抗が極めて低く、超ハイスピード・高S/Nな電源供給が可能。
・音質: 音像のエッジが立ち、クリアでソリッドだが、現代的なコンデンサと合わさると「クールで現代的すぎる音」になりやすい。
というわけで真空管整流を選びます。
見た目(外観)
デザイン的にも評価の高いマランツ7のため、過去の研究家は、外観も似せたりそっくりに加工する例が多かったと思います。
しかし、今回は安くて音の良いラインアンプ製作が狙いです。外観にはこだわらず、費用の面から、例の和田茂氏回路の中国製キットを土台にしようかと思っています。
他にも多くの研究家がマランツ7を分析、自作コピーに挑戦しています
上で紹介した、和田茂氏(ラジオ技術、1960年代?)、そして当時ラジオ技術レギュラー執筆家であった氏家高明氏(1990年代?)など。
また現存するサイトで、以下もとても興味深いです。
他にもオーディオロマネスクさんのサイトも参考になるのですが、現在のサイトのお約束事である「常時SSL化(https)」がなされておらず、リンクを貼るとこちらがGoogleなど検索エンジンからスパム判定されるため、リンクできません( ;∀;)。
まとめ
SRPP化、アッテネーターによる減衰、トランス結合……様々な手法を検討した結果、最後に行き着いたのは「ソウル・B・マランツとシドニー・スミスが完成させたオリジナル回路の完成度の高さ」でした。
名機の回路は、増幅段からNFB網、カソードフォロワに至るまで、すべての動作点と定数が有機的・奇跡的なバランスで結びついています。どこか一部をいじれば、その瞬間にマランツ7の音ではなくなってしまう。
「回路の骨格はいじらず、不要なトーン部のみを数学的・等価的に純抵抗へ置き換える」。
これこそが、現代にマランツ7の真価を蘇らせる最短にして最善の道でした。この設計思想を基本方針として、オリジナの回路定数を基に、トーン回路を省略して再構成した「FLAT特性等価」ラインアンプの回路が完成です。
設計が固まりましたので、次はシャーシレイアウトと実際の組み上げへ進みます。(今後に続く)




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