1970年代に発売された英国のスピーカー
イギリスのBBC(英国放送協会)は、日本のNHKに似た公共放送で基本的には受信料で運営される放送局。BBCが複数の民間企業と提携して開発した放送局用モニタースピーカーがLS3/5aだ。
NHKでも、かつて三菱電機やパイオニア、その後はフォスティクスとモニタースピーカーを開発し市販もされているが、いずれもオーディオマニアにとっては銘機として高く評価されている。
LS3/5aは、11cmのウーハーと19mmのツイーターによる2WAYの小型スピーカーで、中継現場などで使用するための持ち運びを意識したモニタースピーカーとなっている。製造販売はライセンス制で、BBCがライセンスを与えた複数のメーカーから販売されている。Rogers、Chartwell、AudioMaster、RAM、Goodmans、Spendor、Harbeth、KEF、RichardAllen、Stirling Broadcastなどだ。
仕様もインピーダンスの違いなど複数あり、時代の経過により、ネットワークも変更されたりしたため、バリエーションはかなりの数となる。この製品に特化した蒐集家やオーディオマニア、販売店などが存在し、バリエーションによる音の違いを楽しむことも珍しくない。しかし、基本的にはBBCがライセンスを与えるに値する範囲内のもので、ベースとなる音質は統一されている。
ただし、歴史があり人気も高いことから、ライセンス外で類似機や派生機も多く発売されており、中にはキット製品もあったりと音質の同一性は不明なものも多い。
具体的にはどんなスピーカーなのか?
その特徴としては、密閉型の小口径ウーハーによる2WAYであるため、まるでミニコンポのスピーカーもしくは、PCのデスクトップスピーカーのような印象だ。伝統的な箱型で木目調の木製スピーカーで黒のサランネットが付いているため、オーディオマニアでなければ、使い古された安いスピーカーと勘違いして粗大ゴミに出されることを心配してしまうほどの外観となる。
放送局用モニターがルーツであるため、人の声の再現性が最重視されている。それだけであれば、中域中心の、オーディオとしては物足りないスピーカーかと理解しがちだが、ちゃんと鳴らすと低域に不足感はあまり感じず、高域も弦楽器の倍音再生に定評があり、かなり優秀だ。
小型、密閉であるため能率が低い。一般的には低能率スピーカーには大出力アンプを組み合わせるのが常だが、一般的な家庭環境(米国のような大きな部屋やお屋敷を除く)であれば、小出力真空管アンプと組み合わせても不満を聴く声はことのほか少ないようだ。
英国及び、欧州のオーディオ機器の特徴として、欧州がオペラやオーケストラの本場であるため、クラシックリスナーを意識した音作りがよく指摘される。LS3/5aも例外ではなく、オーケストラの再現性には定評がある。ただし、前述のように広くはないスペースで使われることが多いためか、「ミニチュアのオーケストラが出現する」というのは、このスピーカーのユーザーからしばしば発せられる表現だ。
構造的な大きな特徴の一つとして、あまり国内では語られることが少ないが、「フェルトツイーターバリア」というのがある。これは、ツイーターをフエルトで囲むもので、この形状は(自作を含む)他の類似スピーカーには見かけない。自作の長岡式スピーカーや近年のハイエンドスピーカーは、高温ユニットのバッフルを出来るだけ小さくしたり、曲線をつかって、バッフルからの反射を防ぐ工夫がされている。狙いは同じと考えるが、フエルト式はこのモデルにしか見かけないのは興味深い。
これから入手するとすれば
すでに伝統的な多くのメーカーでは、製造が終了している。しかし、人気が衰えないため、時折限定生産などで復刻生産されることもある。
本記事執筆段階での、安定して入手可能なのは、以下の3社による製品(正規ライセンス品)となっている。
・Stirling Broadcast LS-3/5a V2:アマゾン価格、420,750円(税、送料込み)
(周波数特性:78Hz – 20kHz, ±3dB、インピーダンス:11Ω ・感度:83dB )
・GRAHAM AUDIO CHARTWELL LS3/5a:楽天市場価格355,300円(税、送料込み)
(周波数特性:70Hz – 20kHz, ±3dB、インピーダンス:11Ω ・感度:83dB )
・Falcon Acoustics LS3/5a:楽天市場価格486,200円(税、送料込み)
(周波数特性:70Hz – 20kHz, ±3dB、インピーダンス:15Ω ・感度:83dB )
Stirling Broadcastは、比較的歴史あるメーカーで、型番に「V2」とあるように往年の自社製品を新たなユニットやパーツを組み込み、ややマイナーチェンジして開発された製品。一方のGRAHAM AUDIOは、BBCモニターを英国内で再生産する為に2011年に設立さたメーカーで、こちらも現在のパーツや技術で、オリジナルをマイナーチェンジさせた製品となっている。Falcon Acousticsは、1972年に、LS3/5aの製造も行った大手のKEFのエンジニアが創業したメーカー。初期型のオリジナルに拘り、忠実に再現するというのが、その製品コンセプト。
最低周波数特性に8dbの違いはあるが、それが音質的違いになっているのだろうか?また、Falcon Acousticsのみ、インピーダンスが初期型と同じの15Ωになっている。
国内の評価は
アマゾンの「Stirling Broadcast LS-3/5a V2」の評価は、5/5だが評価数が3件のみなので、充分な判断はできない。価格コムでは、6件で5/5。内容的には、ほぼ往年の銘機としての評価と一致している。「バランスが良い」「自然で素直だ」「クラシックとボーカルモノが秀逸」「音像が優れている反面、音場はやや小さくなる」など。
「GRAHAM AUDIO CHARTWELL LS3/5a」は、ネット上にユーザーのレビューは見当たらないものの、販売店のモノは結構見受けられる。販売店の評価における中立性はともかく、音質評価に力を入れて、良いものを吟味して扱う傾向の強い店も多いことから、優秀性は高いという印象に繋がる。
「Falcon Acoustics LS3/5a」は、販売店(上記2モデルよりやや扱い店は少ない印象)に加えて、購入したというユーザーと店頭試聴したというユーザーのブログが見受けられ、両者ともかつてオリジナルを所有した経験があり、その忠実な音質の再現を高く評価している。比較試聴したという話もあり、Stirling Broadcastはやや「オリジナルに比べて明るい音」だったが、差は小さいという意見になっている。
海外での評価は
Stirling Broadcast LS-3/5a V2
米国の大手オーディオ誌出版社であるAVTech Media Americasのサイト「stereophile.com」では、2007年の記事で「Stirling Broadcast LS-3/5a V2」を評価している。
結論としては「感銘」という表現になるほど高評価だ。オリジナルに比較して、「僅かに高域が強調」「やや音像が前に出てくる」という印象もあるようだ。よく言われるこのスピーカーの評価は、「スピーカーの後方に音像が広がる」(小さなスペースに設置することが多くこれは狙いとも)というものだが、その傾向を少し現代的にしたという内容と理解できる。
この傾向は、オリジナルで弱点とされたロック系の音楽再生が改善されており、一方で、オリジナルと共通した点として、重低音が出ない代わりに低域の高い帯域が上手に協調されていて、「ベース楽器の量感不足を感じさせない」という指摘もされている。
GRAHAM AUDIO CHARTWELL LS3/5a
同サイトでは、「GRAHAM AUDIO CHARTWELL LS3/5a」については、2019年の推奨コンポーネントの一つとして選んでいる。評価内容は、「明確で、バランスがよい」「トータルな音楽性が豊か」というものだ。
また、別の記事では、アート・ダドリー氏による「Falcon Acoustics LS3/5a」との長文の比較試聴記事が掲載されている。「GRAHAM AUDIO CHARTWELL LS3/5a」については、伝統的なLS3/5aへの期待を裏切らず、特に「ジャズのウッドベースやオーケストラのコントラバスの豊かで色彩感あふれる」再生にはかなり魅了されたようだ。個々の要素では、「Falcon Acoustics LS3/5a」に軍配が上がりつつも、こちらのスピーカーの方がお気に入りになったと評価している。
Falcon Acoustics LS3/5a
上記の比較試聴記事では、双方の製造のいきさつも含めて詳しく解説されている。比較してみると、同じLS3/5aでもかなり音質の違いがあるらしい。
「音場がより広い」「声やギターの存在感や質感が向上」「リアリティが増す」という印象である。これは、高音ユニットの情報量が増していることが原因と分析している。
また、同サイトの2020年の推奨コンポーネントの一つとして選ばれている。表現力、透明度、そして音色の純粋さの優秀度がその推奨理由となっている。
筆者の評価
筆者は、ここで取り上げた現行販売品にはなじみがない。一方で、1990年代にバイワイヤリング対応としてマイナーチェンジされた「SPENDOR LS3/5a」を10年以上使用している。
音質評価としては、他の多くの評価とおおむね一致しており、オーケストラの弦楽器の再現性や全体バランスの良さはとても気に入っている。
当初は、AVシステムの5.1chフロント用として導入したため、重低域の不足感を感じてサブウーハーを併用したり、AVアンプのオートイコライジングを使って、再生周波数特性を調整したりしていた。しかし、上流機器(DACなど)の改善で、最近では真空管アンプと組み合わせて、低域も不足感のない満足できる再生ができていると感じている。
音質とは別の側面で、このスピーカーを所有するメリットを感じることもある。他のオーディオマニアと交流する際に、ともすると相手は高価なハイエンドモデルや歴史的銘機を所有していて引け目を感じそうになるのだが、このスピーカーは皆が一目置いており、共通した話題として引け目なく交流することができる。共通した基準のない意見交換より、はるかにスムーズで建設的な交流ができるというのが、このスピーカーを持つことの副産物だと感じている。
まとめ
現行製造品や程度の良い中古含めて、BBCの正規ライセンス品にはシリアル番号もふられており、買って間違いないし、長く使えるスピーカーとして買ってよい製品だと考えられる。
インピーダンスに難があるが、伝統的な真空管アンプであれば、16Ωの出力が備わっており、その場合は16Ω機で良いだろう。一方で、4Ωと8Ωの出力しかない近年の中国製真空管アンプであれば、11Ω機を選択する方がよいであろう。過去の製品には8Ωのモノも存在する。真空管アンプであれば、低能率スピーカーに小出力アンプは向かないのだが、不思議と2-3W程度のものであれば、広くない部屋で爆音でなければ、不満は感じないという話が多い。筆者も3Wの真空管アンプで、不足感を感じることは普段はない(特殊な音源で数回感じたことはあるが)。
トランジスター系やデジタルアンプ(D級アンプ)での再生も、問題ない。以前、低価格な中国製デジタルアンプを2台使用して、バイアンプ再生をしたことがあるが、驚くほど鮮明な再生音だった。
製品仕様
・システムタイプ:2ウェイ密閉型
・周波数特性:78Hz – 20kHz ±3dB
・感度:83dB for 2.83V @ 1m
・インピーダンス:11 ohm
・クロスオーバー周波数:3kHz
・接続端子:バイワイヤ仕様
・外寸:H 30cm x W 18.8cm x D 16.8cm
・重量:4.9kg ・製造国:イギリス
※「Stirling Broadcast LS-3/5a V2」、公式サイトより抜粋
メインシステムに組み込んでみた印象
(2022.9月加筆)
メインスピーカーは、フォステクスの自作(マニア作の良品をヤフオク入手)使っています。そのメインシステムがかなり納得いくレベルとなったため、ためしにサブシステムで使っていたLS3/5aと、スピーカーを入れ替えてみました。
その結果のインプレッションは、以下の通りです。
① 明らかに中級から上級に変化した
② 彫りの深さや実体感が向上
③ 定評通り、オーケストラの弦の倍音感が優れている
④ サブウーハーの必要性を感じない低音感覚
⑤ 全体に厚みのある音で、存在感が強い
⑥ 高域の抜けにやや不満、使いこなしに工夫余地あり
※今後は、このスピーカーを組み込んだシステムの追い込みとして、球転がし、ケーブル交換、アンプ交換、スーパーツイーター追加などを検討しています。
紹介動画も作成しました
動画に素晴らしいコメントが寄せられました
宝箱の山さんより
「私はもう30,年来ロジャースのLS3/5aを使っています。本当に素晴らしいスピーカーで、ジャンルは問わずクラシック、ジャズ、ポップス何でも御座れ。決してワイドレンジなスピーカーではないのですが、音楽を楽しむ点では何の不足もありません。LS3/5aは私に音楽とは何ぞやを教えてくれたスピーカーでもあります。昔、同時に日本製スピーカーも使っていたのですが、クラシックでの低域が伸びず売り払いました。LS3/5a より高価なスピーカーだったのですが。」
このスピーカーの良さを見事に言い表している素晴らしいコメントだと思いました。
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