これまで、いくつかの真空管プリアンプ(主にDACを入力に繋ぐのでラインアンプ)を自作したり、入手して楽しんできました。
ある時に、自作真空管アンプの相当な上級者とお話しする機会がありました。その方は、「トーンコントロールは省いて、フラットアンプだけで構成して良いよね」という点では意見が一致していました。
折角なので、そうしたフラットアンプのみの構成で、これまでの経験上最も高音質が期待できる回路はどのようなものですか?と質問してみました。
その方(トランスもコアに拘り手巻きするような超上級者)いわく、全部は教えられないし、一部ネット上でも公開不可の部分もあるけどだいたいこんな感じ。としてその場にノートでサラサラ、ざっくりした概略図を書いてくれました。
定数などは入っていませんし、ざっくりしすぎて、後にトレースしようとしていくつも不明点がありました。
そこで、AIと対話しながら、実際に製作に進める回路として作成してみました。

出力トランスを通した真空管ラインアンプ
真空管ラインアンプ(フラットアンプ)の自作において、「出力トランスを通した濃密で力強いサウンドを聴いてみたい」と考えたことはないでしょうか。
トランス出力のラインアンプといえば、プレートに直接トランスをぶら下げるシングル動作が古典的な王道です。しかし、そこには「直流重畳によるトランスの磁気飽和」「大型・高価なトランスの必要性」「内部抵抗とのマッチング」というハードルがあったりします。
今回の回路は、双3極管「12AU7(ECC82)」を片チャンネルあたり1本使用して、初段電圧増幅+次段カソードフォロア+パラフィード出力トランスという構成を突き詰めた、現代的かつ高音質なフラットアンプ回路です。
シミュレーション検証で判明した落とし穴と、それを鮮やかにクリアした「パラフィード(並列給電)方式」の妙味を、回路図・パーツ表とともに詳しく解説します。
回路の狙い:なぜ「カソードフォロア + パラフィード」なのか?
現代のデジタル音源(CDやDAC出力:約2Vrms)を受けるフラットアンプには、過大な電圧ゲインは必要ありません。むしろ求められるのは、適度な利得、広大なダイナミックレンジ、そして後段のパワーアンプや長いケーブルをねじ伏せる圧倒的なドライブ能力(低出力インピーダンス)です。
本設計では以下のコンセプトを軸に据えました。
- 12AU7(ECC82)1本で1チャンネルを完結
入手性が極めて高く、リニアリティと電流容量のバランスに優れた名球12AU7を採用。双三極の片側を「電圧増幅」、もう片側を「バッファ」に割り当てます。 - 初段:オーソドックスなカソード接地増幅
自己バイアスに大容量パスコン($470\mu\text{F}$)を組み合わせ、可聴帯域下限を遥か下回るポイントまで交流インピーダンスを低下。音楽の土台となる量感豊かな低域をロスなく引き出します。 - 次段:電圧増幅を行わないカソードフォロア(歪みの極小化)
初段で作ったクリーンな電圧シグナルを、歪み率が極めて低く強力な電流帰還がかかるカソードフォロアで受け止めます。 - パラフィード(容量結合)によるトランス駆動
カソードから直流電流(DC)を抵抗でアースへ逃がし、交流信号のみをコンデンサ経由でトランスへ送り込みます。トランスに直流磁化電流が流れないため、小型トランスでもコアが飽和せず、低域から高域まで驚くほどフラットな周波数特性が得られます。
回路シミュレーション検証:机上の空論から導き出された必然性
当初検討していた「次段カソードフォロアのカソードにトランス1次巻線を直接接続してアースへ落とす」という直結構成を回路シミュレータ(SPICE)で検証したところ、致命的な問題が浮き彫りになりました。
【当初案の破綻】トランス直結時のDCバイアス崩壊
トランスの1次側直流巻線抵抗(DCR)は、わずか300Ω〜500Ω程度しかありません。
これをそのままカソード抵抗として使うとバイアスが$-6\text{V}$前後と極端に浅くなり、プレート電圧+250V直結に対してプレート電流が15mA以上も流れてしまいます。
その結果、プレート損失は約3.8W(12AU7の最大定格2.75Wを大幅オーバー)に達し、真空管が熱暴走を起こすだけでなく、トランスのコアが一瞬で直流磁気飽和に陥ることが判明しました。
【解決策:パラフィード方式】シミュレーション結果
この問題を一掃したのが、直流回路と交流回路を完全に分離するパラフィード方式です。
| 動作パラメータ | シミュレーション解析値 | 12AU7 最大定格 | 設計評価 |
| 初段プレート電圧 / 電流 | 約 +95V / 約 3.3mA | 300V | 理想的な直線領域 |
| 初段プレート損失 | 約 0.31W | 2.75W | 余裕の安全圏(定格の11%) |
| 次段プレート電圧 / カソード電位 | +250V / 約 +10.2V | 300V | バイアス $-10.2\text{V}$ を確実に確保 |
| 次段プレート電流 / プレート損失 | 約 3.7mA / 約 0.89W | 2.75W | 安全圏(定格の32%で極めて長寿命) |
| トランス一次側 直流電流 | 完全 0mA | — | 磁気飽和の完全解消 |
| 低域カットオフ周波数 | 約 3.5Hz($-3\text{dB}$) | — | 可聴帯域外まで超フラット |
カソードフォロアの低い出力インピーダンス(約$500\Omega$)がトランスをがっしりと制動(ダンピング)するため、トランス結合特有の高域のあばれや低域の位相回転が抑え込まれ、極めて素直なハイファイ特性が得られることが実証されました。
最終回路図(REV: 3.2)とパーツリスト
完成した最終回路図です。信号の流れがシンプルで、自作初心者からベテランまで迷わず配線できる構成になっています。

主要パーツ選定リスト(1ch分)
| 記号 | 定格 / 仕様 | 推奨パーツ例 / 役割解説 |
| V1 | 双3極管 12AU7 / ECC82 | JJ、Electro-Harmonix、松下・東芝などのヴィンテージ管も好適 |
| VR | 100kΩ(Aカーブ) | アルプス電気 RK27型(ミニデテント)等 |
| Rs1, R3 | 1kΩ(1/2W) | カーボンまたは金属皮膜(寄生振動防止グリッドストッパー) |
| R1 | 47kΩ(2W) | 酸化金属皮膜抵抗(初段プレート負荷) |
| R2 | 1.2kΩ(1/2W) | 金属皮膜抵抗(初段自己バイアス用) |
| R4 | 470kΩ(1/2W) | カーボンまたは金属皮膜(次段グリッドリーク用) |
| R5 | 2.7kΩ(5W) | 酸化金属皮膜またはセメント抵抗(次段DCバイアス・発熱対策) |
| C1 | 470μF / 25V〜35V | ニチコン MUSE KZ、東信工業 UTSJ等(初段カソードパスコン) |
| C2 | 0.22μF / 400V | 高耐圧フィルムコンデンサ(WIMA MKP10、東信工業等) |
| C3 | 4.7μF / 250V | フィルムコンデンサ(パラフィード結合用・音質要) |
| OPT | 1次: 10kΩ / 2次: 600Ω | 東栄変成器 10K-600(入手性抜群・高コスパ) 橋本電気 HL-10K-600(高品位パーマロイコア) 春日無線変成器 KA-10-600 等 |
※B電源電圧は +250V を供給してください。トランスの2次側(600Ω)は、RCAアンバランス出力とする場合はコールド側をアースへ落とし、XLRバランス出力とする場合はそのままホット/コールドとして引き出せます。
検証:なぜ初段を省いてはいけないのか?(ゲイン設計の秘密)
「次段がカソードフォロアなら、初段を省いて1段だけのバッファアンプにしても良いのでは?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。
電気回路としては音が出ますが、オーディオシステムのプリアンプとしては出力信号が大きく減衰してしまい、実用的な音量が得られなくなります。その理由は、出力トランスによる電圧の「降圧(ステップダウン)」にあります。
カソードフォロア単段にした場合の減衰計算
- カソードフォロアの利得: 電圧増幅を行わないため約 $-1\text{dB}$(約0.9倍)
- 出力トランス(10kΩ:600Ω)の変圧比:巻線比は $\sqrt{600 / 10000} \approx 0.245$ となり、約 $-12.2\text{dB}$(約1/4)のステップダウン
- 総合利得:$$-1\text{dB} + (-12.2\text{dB}) \approx \mathbf{-13.2\text{dB}} \quad (\text{電圧比で約 } \mathbf{0.22\text{倍}})$$
CDの標準出力(2.0Vrms)を入れても、ボリューム全開でわずか 0.44Vrms しか出てきません。多くのパワーアンプの入力感度(1.0V〜1.5Vrms)に遠く及ばず、録音レベルの低い盤や能率の低いスピーカーでは致命的な音量不足に陥ります。
初段が果たす「下駄を履かせる」役割
初段(V1A)は単に音を大きくするだけでなく、トランスによる $-12.2\text{dB}$ の減衰を打ち消す役割を担っています。
- 初段利得:約 $+23.0\text{dB}$(約14.2倍)
- 次段カソードフォロア:約 $-2.3\text{dB}$(終端時)
- 出力トランス:約 $-12.2\text{dB}$
- アンプ総合ゲイン:約 $+8.5\text{dB} \sim +9.4\text{dB}$(約2.7〜3倍)
この「約3倍」という控えめかつ実用的な利得こそが、現代のラインアンプとしてボリュームの操作範囲(9時〜11時方向)を最適化する黄金比なのです。
シミュレーション測定:3.2Hz〜78kHzのワイドレンジと心地よい歪率プロファイル
「トランス結合の真空管アンプ」と聞くと、帯域が狭く高域が丸まったカマボコ型のナローレンジな音を連想するかもしれません。
しかし、本回路(REV: 3.2)をシミュレータ上で厳密に解析した結果、その先入観を鮮やかに覆す3.2Hz〜78kHz($-3\text{dB}$)という圧倒的なワイドレンジ性能が実証されました。
周波数特性:東栄トランスで78kHzまで伸びる理由
入手しやすい東栄変成器「10K-600Z」や橋本電気「HL-10K-6」といった標準的なトランスを用いながら、なぜここまで高域が伸びるのか。その鍵はカソードフォロアによる「超低インピーダンス駆動(約$460\Omega$)」にあります。
トランスの漏れインダクタンスや浮遊容量による高域減衰は、送り出しインピーダンスを下げるほど高域側へと追いやられます。本機ではカソードフォロアの強力な制動力がトランスの癖をねじ伏せ、以下の特性を叩き出しています。
- 低域カットオフ周波数($-3\text{dB}$): 3.2 Hz(可聴域を遥かに下回る超低域)
- 可聴帯域偏差(20Hz〜20kHz): +0 dB / -0.25 dB 以内(完全フラット)
- ハイレゾ帯域(40kHz〜48kHz): -1.0 dB 以内(96kHz/24bit音源の帯域を完全にフラット伝送)
- 高域カットオフ周波数($-3\text{dB}$): 78 kHz
低域の位相回転は20Hz〜20kHz全域で $\pm 5^\circ$ 以内に抑え込まれており、トランス特有の「もたつき」のないハイスピードな低音と、どこまでも抜けるクリアな高域が高次元で両立しています。
歪率特性(THD+N):音楽的な美音のプロファイル
1kHz正弦波、600Ω終端負荷時の歪率データです。
| 出力電圧 (Vout) | 歪率 (THD) | リスニング領域 |
| 0.1 Vrms | 0.04 % | 深夜の極小音量 |
| 0.3 Vrms | 0.09 % | 通常リスニングレベル |
| 1.0 Vrms | 0.29 % | パワーアンプ定格駆動レベル |
| 2.0 Vrms | 0.68 % | 大音量フォルテシモピーク |
| 2.8 Vrms | 1.00 % | 最大実用出力(クリップ限界) |
出力1.0Vrms時における歪み成分の約95%は「第2高調波(2nd)」で占められており、耳障りな奇数次歪みはほとんど存在しません。三極管ならではのしなやかな倍音感と、トランス特有の腰の据わった実体感が同居する、理想的な音楽再現特性です。
真空管プリアンプ(ラインアンプ)としては充分ではないでしょうか。
工学的にも裏付けられた「心地よいサウンド」のプロファイルだと思います。
歴史と系譜:名機たちに息づく「パラフィード」の血統
今回設計した「カソードフォロア + パラフィードトランス」という構成は、突飛なアイデアではなく、オーディオの歴史の中で確かな成果を残してきた洗練されたアプローチです。
- 米Bottlehead社「Foreplay」とそのムーブメント真空管オーディオ界に「パラフィード(Parafeed)」という言葉を広く定着させたのが、アメリカのガレージメーカーBottleheadの主宰Dan Schmalle(Doc B.)氏です。同社の名作プリアンプ群では、小型で透磁率の高いトランスの性能を100%引き出すために直流を分離するパラフィードが熱狂的に支持されました。
- 『MJ無線と実験』にみる日本の職人芸国内でも落合萌氏や木村哲氏をはじめとするアンプビルダーによって、カソードフォロア出しのライントランス送り出しアンプは長年研究されてきました。プレート直結シングルではトランスが巨大化し磁気飽和が避けられないため、「コンデンサ結合+小型ライントランス」は、ワイドレンジ化を果たす洗練された手法として定着しています。
- 業務用スタジオ機器(UTC、Peerless)の設計思想放送局やレコーディングスタジオの送り出しコンソールでは、長い引き回しケーブルをノイズなく駆動するために「低内部抵抗の真空管バッファ + 600Ωアイソレーショントランス」という構成が定番でした。本機はそのプロフェッショナルな思想を、もっともシンプルな形で現代に再現したものといえます。
初段で素直に増幅された音楽信号は、次段の強力なカソードフォロアによって低インピーダンス化され、直流から解放されたトランスへと注ぎ込まれます。
直流磁化の影響を受けないトランスのコアは微小信号にリニアに反応し、トランス特有の厚みのある中低域、実体感のあるヴォーカルの輪郭、そして空間の見通しの良さを鮮やかに描き出します。秋葉原やネット通販で手に入る定番パーツだけで無理なく組めるこのフラットアンプ。週末のハンダ付けプロジェクトとして、ぜひ挑戦してみてはいかがでしょうか。





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