MQAに関しては、当初自分で試して、その明確な聴感上の好印象から肯定的な立場をとってきた。しかし一方で、否定的(というより全否定も多数)な意見は今も以前も少なくない。少し落ち着いてきたが、SNSで肯定的意見を投稿すると、激しくたたかれることも多かった。
海外でも、Linnなどのビッグネームが否定の立場を取るなど、スタート段階から賛否が分かれている。2023年の4月にMQAの運営団体が破産し、これを受けてか、唯一にちかいMQAを聴く手段(MQA-CDを買うつもりはないので)であったサブスクのTIDALが非MQAのハイレゾ配信を発表した。これで、MQAをめぐる議論も終了かと思われた。ところが、9月にカナダのブルーサウンド開発販売元が買収を発表。議論に終わりは見えない。
今回は、海外の20万人の登録者を有する有名YouTubeであるGolden Sound氏の否定論を紹介したい。筆者とは意見が異なるが、技術的な内容も多く含まれ、違う立場からの見解にも耳を傾けたいというのがその趣旨だ。
MQA否定論を展開するイギリスのYouTuber、Golden Sound氏のプロフィール
名前:Golden Sound
職業:オーディオ機器のレビューや解説、測定、チューニング、執筆
経歴:オーディオ機器の販売店勤務
活動:YouTubeチャンネル「Golden Sound」運営、オーディオ関連の執筆
主な功績:MQAに関するビデオでMQAの欠陥を指摘し、MQAの信頼性を揺るがす
今回注目した動画は、2021年の4月に公開されており、すでに57万回再生されている。タイトルは「I published music on Tidal to test MQA – MQA Review」。他にも類似趣旨の動画も公開されているようだ。
動画を知ったのはYouTubeのコメントから
この動画については、当方のYouTubeチャンネル「百十番のオーディオ情報発信チャンネル」に視聴者から寄せられたコメントから情報を得た。Yasunaka Ikumiさんという方から「GoldenSound氏っていうユーチューバーが結構話題になったのですが、彼が一時期Tidalに上げたサンプル曲を元にして本当にMQAが再現出来てるのか試し、彼が研究した動画があります」というMQA全否定のご意見だった。
具体的にどのような内容なのか?動画を観たが、英語の早口で筆者には手に余った。再生スピードを落とし字幕(英語のみ対応)を表示させてみたが、じっくり検討するには辛い。内容をブログなどでもまとめていれば助かるのだが、それも見当たらない。
そこで、音声をテキスト化するアプリを使用し、翻訳してじっくり検討するという方法をとった。
GoldenSound氏による動画の要旨
当然のことながら著作権上の問題があるため、そのまま掲載はできない。内容を要約し、当方で見出しを付けたものが以下となる。
MQAに自分の音楽を公開
Golden Sound氏は、MQAの開発者や運営団体が公表しているMQAの解説の信憑性をテストすることにした。方法は、TIDALに自分が制作した音楽を公開し、検証を進めたという。
その結果、MQAには予想以上の問題があることが判明したという。そこで、彼はMQAに連絡し収集した証拠を提示し、MQA側の見解を問い合わせた。この反応については、最後に説明すると話し動画の説明が始められた。
曖昧なMQAの解説
彼の主張の紹介を続ける。
MQAが公表する解説は、曖昧で、年々変化している。そのため、多くの人々がMQAが何であるか、何をするか、何を改善するか、そしてどのように機能するかについて異なる解釈をしている。そこで、MQA自身の説明から、それが何であるか、何をするか、何を改善するかを説明し、実際の使用に関連する明らかな問題について検討する。
話の概略は次のような内容だ。
・MQAはロスレスではない。
・MQAは不要なノイズと歪みを追加する(トラックの無音部分でも)。
・MQAは通常、ハイレゾマスターから取得されない。
・MQAスタジオBlue Lightは実際には何も認証しない。
・テスト中に発見されたさまざまな他の問題について
この後、動画ではMQA側から説明されているMQAの内容や優位点について説明されている。これについては、当ブログでも何度か解説記事を公開しているので、そちらを参照してほしい。
問題は、これらの主張がどれだけ真実かをテストすることがほとんど不可能であること
彼の主張の紹介に戻る。
MQAは、開発・運営団体の独占的技術であり、その詳細はクローズドで公開されていない。MP3、DSD、flakなど他の形式とは異なり、音源メーカーや一般ユーザーが勝手にMQAで音楽をエンコードすることができない。そのため、具体的にどのような処理がされているのか調べることはできない。
MQAのフィルタリング処理に欠陥あり
MQAが使用するアップサンプリングフィルタには問題がある。この問題は、動画の概要欄で説明の中でリンクされているArchamagoの記事や、2018年のChris CononachkerによるArmas講演で実際に議論されている。ちなみに、MQAのスタッフもこの場にいたが、何の説明もなかった。
MQAのフィルタリング処理では、不要なノイズが追加され、音質を悪化させている可能性が高い。Chris Cononachker氏は、これを自宅で簡単に確認できる方法を紹介しており、MQAの主張に疑問を投げかけている。
自分でできる、簡単な確認方法は以下となる。
音楽トラックのホワイトノイズ部分を使用して、MQAのアンフォールディングフィルター(音の折り紙の解凍処理)の超音波減衰性能とフィルタ設計を調べる。グラフの白い線(動画ではグラフで説明している)はMQAのフィルタで、青い線はHQプレーヤーのSync Lフィルタを理想的な基準としている。これは、Cord mcaleerのものと同様、200万タップのフィルタだ。
MQAのフィルタは、超音波領域で減衰が非常に悪く、奇妙なパターンが見られる。これが、アンフォールディングされた44.1kHzバージョンで超音波コンテンツが追加されている理由だ。不要な超音波コンテンツが追加されるだけでなく、可聴帯域のコンテンツも修正されていない。高周波ノイズが依然として存在し、方形波は過剰なオーバーシュート、非線形リンギング、そして奇妙なノッチ遷移を伴う。
リスナーや、「曲の完全性」に何らかの利点があるとは考えられないものが散見され、完全なデコードを行えば問題点と見なされるものも多数ある。
オーディオ界には怪しい製品が多く存在している
オーディオ界には、怪しいまがい物が多く存在し、製品には、証拠があったり第三者によるテストが可能なものと、そうでないものの2つがある。
例えば、コードのワッツ氏は、WTAフィルター設計が44.1kHzオーディオの再生における最適な方法だと強く主張している。彼はその根拠を提示するだけでなく、テストすることもできる。
私は必ずしも同意しないが、コードのDACを持っている人なら誰でも、好きな音楽を再生して録音し、任意の信号をテストすることができる。さらに、ワッツ氏は公開情報を積極的に発信している。自分の設計がどのように機能するか、その理由を詳細に記した記事を執筆している。
彼はフィルター係数を公開することはしないが、十分な質問に答え、ユーザーが納得して購入検討できるだけの証拠を提供している。
DSDについても同様だ。オープンであり、誰でもそれをエンコードして再生することができ、完全に調べたり、テストしたり、探求したり、利点と欠点を議論したりすることがでる。オーディオケーブルの性能ですら、DSDを使用すれば(ケーブルを通した音をDSDにしてファイルサイズを調べる)再生性能を調べる事が可能だ。
GoldenSound氏によるMQA否定論のまとめ
動画の終盤では、以下のように締めくくっている。
MQAは証拠を提供していないだけでなく、自分で調べることを妨げている。MQAでファイルをエンコードしたり、フルデコーダーの最終出力を記録したりすることはできない。そうなると、信頼できるかどうかでしかなくなる。
彼らの公式発表は曖昧で、変化する。問題が提示されると、彼らは質問をかわし、会話をそらし、その間にますます多くの音楽コンテンツがMQAに置き換えられている。ますます多くのハードウェアがMQAをサポートし、その恩恵が完全に証明されておらず、その問題が徐々に露呈されているという状況が続いている。
MQAからGoldenSound氏の音源に関する問い合わせへの回答
MQAからの回答として、彼らはここで示されているものにもかかわらず、MQAは歪みを追加せず、追加されるノイズは聴覚上は聴こえないと主張してきた。
高周波トーパーノイズ。それは展開バージョンで25kHzに集中するかもしれないが、44.1および展開バージョンの両方で聴覚帯域にまで拡張されている。20kHzで-43 dbで、それは聴覚可能だ。
彼らはまた、すべてのMQA FIがマスターの元のサンプリングレートを伝えてくれると主張している。私の音源に関する事実として、それは明確ではなく、最小限のタイトルには元のサンプルレートの表示が全くない。この情報を表示するには、特殊な(RUNEのような)プログラムを使用する必要がある。
MQAの運営団体は、MQAが24ビット96および192kHzのflacと同じかそれ以上であると消費者に誤解を与えている。
私は、200以上の回答を得た調査を行った。その結果、46%の人がMQAが良いと思っていると答えた。MQAが良いと答えた人の3分の2は、MQAが24ビット96および192kHzのflaと同じかそれ以上であると信じていた。
より透明性が必要だ。44.1kHzマスターのMQAリリースの多数は、ネイティブハイレゾflacと同じ、または優れていない。
筆者のまとめ
ここまで多くの技術的な解説や、自身の音楽ファイルを使った実験の結果は傾聴に値すると思う。しかし、その技術的内容に見落としはないのか?この解説・考察は妥当なのか?鵜呑みにはできないでいる。
残念ながら、筆者は先端のデジタル再生エンジニアではない。単なるアマチュアのオーディオマニアでしかない。そのため、技術的な解釈は世界中の数多くの専門家による検証を期待したい。
一方で、オーディオの技術や電子機器のフォーマットなどは、歴史が解決してくれるものではないと考えている。つまり、正義は勝つとか、良いものが残るというような歴史はたどってこなかったと理解している。
一例をあげれば、有名なVTRのVHS対ベータマックス戦争。VHSが勝利したものの、多くの専門家やハイアマチュアは、ベータマックスの方が性能は上だったと証言している。結局、普及したものに乗っかるしかないのがユーザーの立ち位置だ。一方で、聴感上気に入ったものを使えばよいと思っているし、「波形が怪しい」のは嫌だというユーザーは、MQAに限らず昔から存在(真空管アンプのシングル派とプッシュプル派は、どちらも波形による他方のデメリットを気にしていたりする)していて、それを否定するわけでもない。
この記事に、専門的知見の高い人が興味を持ち、オーディオ機器の発展に寄与すればよいと考えている。また、「気にしている」ユーザーの参考・調査の一助になればとも考えている次第だ。
MQAの音の折り紙技術は、ネットの帯域など技術の進歩で、いずれどうでも良いレベルになるのではないだろうか。より重要なのは、MQAのメリットといわれる聴感上の利点(今回の論ではデメリット)についての是非だが、それらがどうでもよくなる次世代のデジタル技術の登場を期待している。
※技術的知見の未熟さゆえ、正確性について万全とは思っていません。指摘があればコメントお願いします。
最期に、動画の概要欄に貼られているアルキマーゴ氏執筆の関連記事を紹介しておく。こちらは、通常のサイトなので、簡単に日本語翻訳表示で読めるであろう。
MQAのその後の状況
オーディオ情報をまとめた動画に、その他の話題と共に、状況をまとめて公開した。
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